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(ジェイン)ずーっと渋谷にいるんですか?
(ダバカン)いや、けっこう引越ししているよ。平均すると5年に1回ぐらいかな〜。東京に来て最初は日野に居て、それから中野、渋谷、中野、中野、渋谷。ここに越して来て3年くらい。
(ジェイン)引越魔なんですね。
(ダバカン)まあ、そうだね。家賃も途中までは倍々で高いところに移ってきたかなあ。
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(ジェイン)仕事で使っているコンピューターの耐久年数は?
(ダバカン)何処まで我慢出来るかによるね。
(ダバカン)スピードが合わなくなってくるのに耐えられるかどうか?
(ジェイン)ダバカンさんはどの位?
(ダバカン)3年位
(ジェイン)作ったデータ、作品とかどうやって保存したり、整理してるんですか?
(ダバカン)DVDとCDRに保存しているよ。昔はフロッピーだったけど…(笑)
(ダバカン)今はアニメーションの仕事しているので、データーが入らない。20ギガぐらいなので、出し入れが大変になるし。
(ジェイン)どうしてるの?
(ダバカン)ハードディスク1個買って来て、とりあえず放り込んでおくんだ。
(ジェイン)後でDVDに入れるんですね。
(ジェイン)仕事は広告が多いんですよね?。
(ダバカン)広告とエディトリアル両方。
(ジェイン)何時頃から、グワ〜と売れたんですか?
(ジェイン)すいません、みんなこう言う俗っぽい話好きなんで…。
(ダバカン)20年くらい前になるかな〜。24才で東京出てきて、始めはスーパーリアルを手描きで描いていた。その頃はスーパーリアルの終わりの頃。尻尾の頃。なんとか(仕事が)あるって事かな〜。
(ダバカン)東京に出てきて半年くらいは残っていた仕事をやっていた。でも、だんだん「まだリアル描いてんの!」って言われるようになってきたんだ(笑)。
(ダバカン)流行りもの、ブームになってそれがまた変わり目になって来た時、その事が恥ずかしい事みたいになってきますよね。
(ダバカン)その後(スーパーリアルブームの後)、ヘタウマが来たから、ますます自分が描いていた様な写真のように描くことがベストとされるスーパーリアルは……。
(ジェイン)「なんだ、写真でいいじゃんって事」
(ダバカン)スーパーリアルは描いているのが、僕ってわかったらいけないみたいな…。
(ジェイン)……って事は?
(ダバカン)でも、自分をよく知っている人が、僕の作品みたら「あ〜ダバカンさんが描いてる」って結構分かるのがあったみたいなんだけど〜。
(ダバカン)個性が出ないように描く事が大事なので、その努力をしてたんだな〜、その頃は。
(ジェイン)ダバカンさんの仕事の作品では、個性を出さないようにしてたんですね〜。
(ダバカン)まあ〜、それは職人みたいな面もある。
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(ダバカン)その後、
(ジェイン)東京に出て来てからね?
(ダバカン)その仕事どんどん減ってきて、
(ジェイン)それから?。
(ダバカン)ヘタウマもさびれてきて、いろんな人が出てくる。
(ジェイン)そういう時代になっていったんですね?
(ダバカン)自分は、色々悩んでリキテックスで水彩やったりもしていた。
(ジェイン)今までは自分を押し殺そうとしていたのに、逆に自分を出そうと始めたんですね?
(ダバカン)そんな頃に、知り合いが友達を連れて遊びに来た。
(ジェイン)誰ですか?
(ダバカン)この友達がマック信者みたいな人。
(ダバカン)その頃のコンピューターは神棚に飾るようなものだった。
(ジェイン)昔、テレビにドア付けたり、カバーつけた、貴重品扱いって事ね。
(ジェイン)お宝。
(ダバカン)そんな時、「忘れもしない1989年」たまたま、知り合いから頼まれて興銀のキャラクター(キューピー)をリニュアルする時に。
(ダバカン)プレゼン前日に、プレゼンの候補になる人が足りないから参加してくれと頼まれた。
(ジェイン)プレゼン要員ですね。
(ダバカン)そう。
(ジェイン)プレゼンの候補たくさん出したんですね?。人数合わせって事?。
(ダバカン)自分はちょうどその頃、鳥山晶(あられちゃん、ドラゴンボール)みたいな画を描いて遊んでいた。仕事では、そういう画を描いた事なかったけど。
(ダバカン)今回のプレゼンでは、それを出してみた。一晩で…遊びで…。
(ジェイン)どうなったんですか?。
(ダバカン)そうしたら、通ちゃた…!。
(ダバカン)リアルイラストで悩んでいたのに、遊びの画が認められた。自分の中では遊びだけでしかない画。これが、価値が出るなんて。
(ジェイン)それから…。
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(ダバカン)手描きで描いていたでしょ。だから、大きなポスターにする時、手描きで線描いていたら大変なのよ。
(ダバカン)小さい線だったらいいんだけど。
(ダバカン)大きくなってくると話は別、線がもたない。
(ダバカン)それで困っちゃって。
(ダバカン)ロットリング定規や運慶定規など、道具買って来て一生懸命描いたんだよ。そんな事がきっかけになって
(ジェイン)その時に、マック信者が現われたってことですね。ぅ〜ん。
(ダバカン)その頃のポストスプリクト……。
(ジェイン)なに、それ、なんの事ですか?。
(ダバカン)イラストレーター(ソフト)の事だよ。
(ダバカン)この年(1989年)は消費税導入の年だったからね。
(ダバカン)160万円まで経費で一括で落とせる事になったから。
(ジェイン)税金ですね。
(ダバカン)でも結局は250万かけてマック(ソフト込み)を入れた。
(ジェイン)お金あったんですね。お金持ち〜!。
(ダバカン)キューピーちゃんのお金なのね〜
(ジェイン)キューピーちゃんのお蔭(笑)。
(ダバカン)興銀のキューピーの契約金が数百万。予期していないあぶく銭が入ったから、ぽ〜んと出来たんだよ。
(奥さん)車、買っちゃおうかなぁ〜、て位の気持ち…。
(ダバカン)まあ〜、色々言い訳してるけど、自分はコンピューターがいじってみたかったんだ。
(ダバカン)初めてフルカラーにもなった時だし…。
(ダバカン)後、その時代は一般の会社にもコンピューターが入ってきた頃だったので良くコンピューターシンドロームなんて言われていたそんな時代だった。
(ダバカン)コンピューターを始めるのなら34〜5まで、と言われていた。
(ジェイン)ダバカンさんはいくつだったの、その時。
(ダバカン)自分もギリギリの歳だったしね。
(ジェイン)ここから「ガ〜」と、一気にいったんですか。
(ダバカン)キューピーがTVCMにもなるはずだったので、自分でもガガーンといくと思ったんだ。
(ダバカン)ちょうど、銀行のTVCMが解禁の年だったし…。
(ダバカン)ところが90年代の初めで、銀行の不祥事で広告自粛になってしまっ
た。
(ジェイン)「ついてな〜いぃ」
(奥さん)キューピーちゃんが動くのが見られたのにねぇ〜。
(ジェイン)フリーズしちゃった訳。
(ダバカン)コンピューター入れたのに、これから「一杯仕事出来ると思ったのに〜〜〜」
(奥さん)この他に、プリンターとか5年、5年リースでやってました。当時プリンターは300万位しましたから、月にリース5万円払ってたのに。
(奥さん)紙も1枚500円してたのよ。
(ダバカン)幸い僕はコンピューターで仕事する様になっていたので、目新しくて仕事が減らなくて済んだ。
(ダバカン)手描きで広告の仕事してる人は仕事が減ってきていたから…。
(ジェイン)それで、それで…。
(ダバカン)コンピューター買って直ぐにエディトリアルの人から仕事が舞い込んだ。
(ジェイン)だれ、だれ〜。
(ダバカン)ノンノやモアの人が来てくれた。
(ダバカン)雑誌の人が来てくれてカットに使ってくれたり、マックパワーとかコンピューター系の雑誌が出ていてピンクのカバとか最初に使ってくれた。
(ダバカン)まだ、この頃はデータ入稿できませんでしたけどね。
(ジェイン)ウン〜。
(ダバカン)編集者に渡すとき、いちいちプリントアウトしていたんだよ。
(ダバカン)その後、フォトショップのコンテストがあって、出したら部門賞・スポンサー賞、これが3Dの作品だった。
(ダバカン)この時のコンテストに出していた人達が、今も(第一線で)活躍しているよ。
(ジェイン)ダバカンさんの近況は?。
(ダバカン)今一番困っているのが、コンピューターイメージの幅が余りに広い事。CGで仕事頼まれると、相手(仕事先)がCGをどう捉えているか、どのタッチを求めているのか(例えば、写真コラージュ的なものか、3Dなのか、あるいはゲームの画面みたいなものなのか、など)把握するのが難しい。どれを、何を、求めてきているかが難しいんです。
(ジェイン)CGってコンピューターで線描いて色付けしたら、CGだと思ってまし
た。
(ジェイン)「これって私だけ?」
(ジェイン)あまり上手な3Gは、私なんか写真だと思っちゃう…。
(ダバカン)未だに、「せっかくCGで頼んだのにこれなら写真でよかったのに」って言われる事も、ほんとにあるんだよね。
(ダバカン)ちょっと前までは、昔のコンピューターゲームの絵みたいに、ドットが見えなきゃCGじゃないって、怒る人もいたんだよ。
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